私は天使なんかじゃない






忘れえぬ





  追憶は留まらない。
  彼女もまた、この場には留まらない。

  どこへ向かうのだろう。





  「……ここは……」
  「目覚めたか。まだ寝ていた方がいい。生きていたのが不思議なほどの傷だ。喉の傷も酷い。もしかしたら声を失う可能性もある」
  「……あなたは……?」
  「俺か? 俺の名は……」
  男の声はここで途切れた。
  否。
  正確には私の意識が途絶えたのだろう。
  私は気を失った。
  そして思い出すのだ。
  長い長い旅路の始まりを。



  「私たち、この先どうなるのかしらね。ずっとこのままでいれるのかしら。10年先もこのままで」
  「考えないことよ」
  「何でよ、クリス。私のことが嫌いになったの? 冷たいんですけど」
  「BOSに生まれた以上、同性愛は認められないのよ。分かってるでしょう? BOSは余所者を受け入れない、つまり、退院同士で結婚して、子供産まなきゃいけないの。知ってるでしょ、ベロニカ」
  「……分かってるけどさ」
  「今は考えないこと。それだけ。例え何があろうと私たちの絆は消やしないわ」
  そして私たちは口付けた。
  変わらないものもある。
  そう無垢に信じていたかった。



  BOS。
  西海岸に拠点を持つ組織。
  旧時代の遺産を探し、集め、世界が放射能の灰に沈む前に、旧時代の遺産を保全することを目的としている。
  テクノロジーの保全が全て。
  人間の作り方は誰でも知っているけど、レーザーライフルの作り方は受け継がなければ消えてしまう。
  だが誰もがどこかで疑問に感じていた。
  テクノロジーを集める、その先は?
  考えてはいけない、疑問。
  ……。
  ……本当に?



  テクノロジー収集の為にBOSは世界に広がっていった。
  私が所属していた部隊もそうだ。
  指導者はエルダー・エリヤ。
  モハビ・ウェイストランドにおける最高責任者。
  私たちはエルダー・エリヤの命令で戦前の太陽光発電施設、ヘリオス1に駐屯した。
  BOSのいつものミッションの始まり。
  ただ、今までと違うのはBOSの力には翳りが見えてきたことだった。
  モハビ支部に?
  それもある。
  だが問題は、BOSを取り巻く環境に大きな変化が生じていた。
  西海岸で急速に勢力を拡大した新カルフォルニア共和国がモハビに軍を進め、コロラド川の東の部族を統合したシーザー率いるリージョンも軍を進めてきた。
  モハビは大国同士の戦場となった。



  「撤退は認めない。ヘリオス1を死守するのだ。マクナマラ、ハーディン」
  「お言葉ですが進撃してくるNCRの部隊はこちらの4倍です。とても止められる勢いではありません。ヒドゥン・バンカーと呼ばれる地下施設を発見しました。そこに撤退をしましょう。NCRに
  捕捉はされるでしょうが全滅は回避できます。支部再建の為の基盤は残せるはずです」
  「マクナマラ、撤退は許さないと言っている。ハーディン、君もそのつもりなのか?」
  「若干違います。撃って出るべきです。NCRの補給路は脆弱です、今なら切り崩せます。ここに立て籠もれば包囲されて負けます。撃って出て、相手にダメージを与えてからマクナマラが
  進言するヒドゥン・バンカーに撤退しましょう。エルダー・エリヤ、ここに固執する理由は何なのです?」
  「撤退は許さない。計算する、時間稼ぎをしろ」



  ヘリオス1陥落。
  私の両親も戦死。
  数で勝るNCRの猛攻にBOSは総崩れとなってヒドゥン・バンカーに逃げ込んだ。
  エルダー・エリヤがヘリオス1に固執した理由は不明。
  彼は肩を竦めて笑った。
  「計算を少し間違えた」



  エルダー・エリヤ失踪。
  彼を信奉する一派もまた姿を消した。彼と共に去ったものと考えられる。
  モハビBOS内で不穏な噂が流れる。
  COSの再来だと。
  過去何度も存在してきたCOS。BOSの危機に現れる、BOS有志の者で結成された組織。目的はBOSの改革。ただBOSは改革を望まない。
  改革を望む者、つまりは敵。



  マクナマラがエルダーとなった。
  可もなく不可もなくと言ったところだ。無難な指針を持っている。少なくともエリヤよりもましだ。
  ハーディンはパラディン長に収まった。
  本当は彼もエルダーを望んでいたが支部の人材は戦死と脱走で立て直しが不可能な状況まで陥っている。余計な混乱を避ける為に引いたらしい。少なくとも、今のところは。
  本部からの増援は来ない。
  支援要請を送っても来ない。
  何故だろう?
  マクナマラに呼ばれた。
  任務だ。
  エリヤの抹殺。



  「条件があります。ベロニカを外に出してください」
  抹殺の条件を出した。
  ベロニカはエリヤの愛弟子。
  マクナマラたち上層部はベロニカを危険視しているのは分かっている。エリヤによって引き裂かれたとはいえ、私は今でも彼女に好意を持っている。
  「外に? 助命ではなく?」
  「密殺は十八番でしょう?」
  私は成人してから暗殺や偵察と言ったことを任務としてきた。主に暗殺。
  BOSの手口は分かってる。
  口約束は信用できない。
  少なくとも、西海岸の本部に近ければ近いほど流儀はBOSだ。傲慢と独善的な感じは消えやしない。
  私はBOSが大嫌いだ。
  マクナマラは苦笑した。
  「なるほど、外に、か」
  「ええ」
  ロックダウン。
  それが現在のモハビBOSの方針だ。
  つまり?
  つまり地下に隔離。
  外界との遮断。
  NCRとリージョンの戦争が収まるまで閉じ籠るってわけだ。ただし物資調達班は素性を隠して外で行動している。ベロニカをそこに配置すればマクナマラたちも手が出せないだろう。
  貴重な収集役を殺すほど馬鹿ではないはずだ。
  「いかがです?」
  「分かった」



  こうして私は旅立った。
  私の名はクリスティーン・ロイス、モハビBOS所属、階級はナイト、主な任務は暗殺。
  最初は引き裂かれたことに対しての反感だけだった。
  だが今は違う。
  エリヤの行動は悪そのものだ。
  倒さなくてはならない。
  私は情報を集め、そしてポイントルックアウトに向かった。